冬の里山 奥多摩むかし道 2007/2/24

− 甲州裏街道 奥多摩むかし道を歩く −

奥多摩むかし道

小河内ダムの北にある水根の集落から、奥多摩駅のある氷川まで、
「奥多摩むかしみち」とよばれるハイキング・コースがある。
新しい青梅街道ができたために、すっかり交通がとだえた旧青梅街道だ。

 この旧青梅街道は江戸(今の東京)と甲州(今の山梨県)をむすぶ道で、
甲州街道にたいして甲州裏街道ともいわれた。

青梅や奥多摩でとれる石灰岩は江戸のまちをつくるとき、壁を白くぬるしっくいとして使われていた。

その他、奥多摩の木材や絹織物、炭やまき、青梅の織物(青梅縞)などが馬の背にゆられながら、
運ばれていったことだろう。どんな「むかし」が発見できだろうか?

今日は、会社のハイキングクラブの例会。

参加できるのも今回が最後となる。

奥多摩むかし道は5年ほど前、桜の季節に歩いたことがある。

奥多摩駅から丹波行きのバスで水根のバス停まで行き出発。

9時40分



このバス停は六ッ石や鷹ノ巣山の登山口にもなっている。

東京へ来て、まだこれらの山には登っていない。

登ってみたい誘惑に駆られる。



このトンネルは大麦代トンネル。

国道411号線を奥多摩湖に沿って更に進むと大菩薩峠。

現在は、青梅街道は柳沢峠を越えて甲州に抜けている。



廃業となったレストランの横から、水根沢谷に沿って登って行く。



緩やかな坂を登っていくと、奥多摩湖の展望ポイントに着く。



むかし道には奥多摩産のヒノキの案内板があちこちに設置されている。



水根集落を坂を上り詰めると青目不動尊。

藁葺きの趣のある建物だが現在非公開。



此処からは下るのみ。

奥多摩湖を眺めながら静かな山道を下る。



少し行くと浅間神社。

御参りをしていく。



中山集落をドンドン下っていくと小河内ダムを見上げるようになる。

昔の建築現場跡を過ぎてなおも下る。



やがて林道に出る。

今下ってきた道は、最近まで崖崩れで通行止めであったようだ。

ダムから流れ出た水が多摩川となって東京湾までの長い旅の始まり。



古いむかし道の看板の先に楓が植えられている場所があり、多摩川の渓谷を眺めながら休憩。

大勢のハイカーが通り過ぎていく。ポカポカ陽気に誘われてやって来たのだろう。



5人しか通れない道所吊り橋。

吊り橋から眺めた渓谷。流れが青く渓谷は深い。




建築資材置き場のような所に奥多摩をこよなく愛したという川合玉堂の歌碑がある。



むし歯地蔵。

歯医者がなかった頃、歯が痛くなると煎った大豆を供えてただ祈ったという。



牛頭観音



馬の水飲み場



縁結びの地蔵尊



11時18分しだくら橋に着く。

歩くとすごく揺れる。



がんどうの馬頭様。渓谷に落ちて死んだ馬を供養している。



物騒渓谷には大洪水によって流されてきたという大岩が転がっている。





惣岳の不動尊にも立ち寄る。



この辺の民家は四国の山里の民家とよく似ている。



樹齢200年のイロハカエデの古木



耳が痛くても医者がいなくどうしようもないので穴の空いた石を供えて祈ったとか..



穴が空いている岩には何故か弁慶の名前が付いている。



大石灰岩の下に白髭神社。



境内は掃き清められてよく手入れがされている。



11時44分到着。

少し早いが昼食にする。

ハイキングクラブ恒例のワンタンと日本酒で乾杯。



小河内ダムを造った時の鉄道跡。



綺麗なトイレが所々にある。

桜の木が一本だけ満開。

河津桜によく似ている。



青梅街道に交わる所を左上に上がり住宅の間を抜けていく。

道祖神が祭られている。



さいかちぎの休憩所に出る。



如何にも樹齢のいったようなさいかちぎの古木。



さいかちぎの向かいには、古く1816年から祭られている馬頭観音がある。



小河内ダム建設のための、資材運搬を目的とした鉄道。現在では廃線となってしまったその軌道跡。



軌道跡を歩くことが出来るが途中で崩れていて元の山道に這い上がる。



羽黒坂を下りていくと羽黒神社があり御参りしようと思うが長い階段。

延々と続く階段を見て参拝は断念。



むかし道の入り口には立派な白壁の土蔵。



立派な土蔵が二つもある旧家。その先の奥氷川神社の境内には東京一大きな三本杉



途中で、もえぎの湯に立ち寄る。

13時50分。

なめらかなとても素晴らしい温泉。

ゆっくりと浸かってビールで乾杯。

15時26分のホリディ快速奥多摩で帰途に着く。

花のない寂しいむかし道だったが、陽だまりの中のんびり歩くことが出来た。

また何時か花の季節に来てみたいなあ..